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僕らはもっと繊細だった。

夜行バスで東京に行き、ムンク展を観た。リーキット展には行っていない。上野公園の広大な敷地に幸せそうな人がたくさんいた。
夜に高校のときの美術部の先輩に会った。先輩が卒業してからずっと会っていなかったから約3年振りの再会だ。先輩は何も変わっていなくて相変わらず可愛らしい方だった。
私が高2のとき、帰りの玄関から勉強している姿がいつも見えていた。いつだったか先輩に用事があってクラスを訪れると先輩は授業終わりの数学の先生に質問をしていて、担任の先生は私たちに「〇〇はこうなると長いよ」と言った。先輩は東大を目指していた。私は、勉強熱心でいつも目を真っ直ぐに見て話してくれる先輩が大好きだった。
3年振りの席で私たちはお互いの大学の話をした。
今、関東圏の大学の医学科に所属している先輩は「みんな遊んでばかりだ」とか「私は研究に向いてないと思う」とかいうふうな事をポツリと言った。
変わっていないように見える先輩や私たちも何かが確かに変わっている、変わっているというか全く別のものになっているような気がした。また人生とは往々にして上手くゆかないのであるとなんとなく分かってしまった。私などはすべての選択をミスしてきたようにさえ感じる。私や先輩が現状に幸せを感じて笑える日の遠さを思った。

雑談

学祭の係なのになんにも仕事をしていなくて、もう1人の係の人に全て任せっきりになってしまっている。
昨日の説明会も彼一人が参加してくれた。すっかり忘れていたのだ。私はなんでも忘れてしまう。

今日の昼休みに食堂に集合して、その人から昨日説明会でなされた説明をもう一度してもらうことになった。とんだ二度手間である。申し訳ないから自分用とその人用に100円のブラウニーを2本手に持って待っていた。
程なくして彼は来た。ブラウニーを渡すとそんなに気を遣う必要はない、みたいなことを言ってくれた。食堂は混んでいたので外のベンチというか細長い石みたいなのに座った。日差しが強かった。彼は色々説明してくれた。私はメモなんか取りながら聞いていた。メモを取るような真面目さは説明会に出席する真面目さに代えるべきなのだと思った。

説明会の話は結構すぐ終わったけれど、私は3限がなかったしその人も3限がないと言うのでなんとなく座ったままなんとなく話し続けた。
その人は留学がしたいのだそうだ。聞いていて私も留学がしたいなと感じた。芯がしっかりしていそうな人だけど、私が「景色が綺麗なところに住みたい」と単純な事を言ったとき単純に賛同してくれた。
大学院についても話した。その人は進学を希望していて、「やりたい事をやった方がいいと思うから」と言った。私はそのような真っ直ぐな判断は出来なくて、それで随分悩んだ時期があったことを思った。私は単純なのでその時は大学院にとても行きたいような気がしていた。ただ私たちはお金がないから留学するにも大学院に行くにも費用を貯めなければならないということも話した。道のりは果てしないように思えたし、別になんてことないようにも思えた。昼の光が充満していて10月も半ばなのに日焼けしそうなくらいだった。
その人と別れて私は遅めの昼ごはんを食べに学食へ向かった。ないと思っていた3限はしっかりあったらしかった。自分は本当になんでも忘れるんだなと思いながら自分用のブラウニーの封を切った、終わり

旅行

今韓国に来ている。
ホテルの集合時間まで残り30分となっているところで、友達2人がどうしてもアイシャドウが欲しいということで街へ買いに行ってしまった。以前書いたことがある気がするが私はGoogleマップすら読めない方向音痴である。しかし2人が物凄い勢いでダッシュして行ってしまった後ではどうしようもなく途方に暮れるばかりであった。
とりあえずGoogleマップを起動して歩く。友達の話ではホテルは案外近いらしい。ところがどっこい、思うままに歩くもGoogleマップの現在地点は目標から遠ざかるばかりであった。そうするうちに時間はぐんぐん迫る。Googleマップにも意味不明なハングルが並ぶばかりである。
藁にもすがる思いでスマホを見せながら交通整理のおじさんにエクスキューズミー..アイワントゥーゴーディスプレイス...と声をかけてみる。おじさんは英語が分からないらしく、申し訳なさそうな顔をしながら信号待ちをしている人たちに韓国語でコイツに教えてやってくれ的なことを説明してくれた。何人かが集まってきてくれて、その中の一人の男性が流暢かつ平易な英語で分かりやすく道を教えてくれた。人生でTOP10に入るありがたさであった。
Thank you very much...と言いまくってあとは走った。走っている最中、「いやそんなにしてまでシャドウ欲しいのかよ」という気持ちと「本当にありがとう韓国の人、この恩は忘れない...」という気持ちが半々で、ホテルが見えた時は安堵で泣きそうだった。
友達は集合時間ぴったりくらいにトッポギを片手に現れた。呑気なものである。「荷物取ってくるからトッポギ持っててちょうだい、食べてもいいよ」と言われ食べるもめちゃめちゃ辛かった。
旅ももうすぐ終わりだ。英語が話せるようになりたいと思う。疲れたから寝たい、終わり

片足

暇つぶしの毎日だ。
みんな本当のことは何一つ私には教えてくれないままだ。何も分からないのに分かったようなふりをしながら、明日私は20歳になる。思えば折り合いの悪い、ぼんやりとした毎日だった。幼稚で、そのくせ子供扱いは嫌で、誰かと心の底から分かり合いたいのにその誰かを見つけて話をすることをひどく恐れて、友達がいないと嘆いてみたり、興味がないと言ってみたりした。何も無い曖昧な日々がこれからも続くだろう。それはそれで良いと思うくらい感覚が変わるまで生きていくということだと思う。

美しいものはたくさんある。それを見ている自分や他人が時々ひどく鬱陶しくなるだけだ。電車に飛び込みたいわけじゃない。孤独じゃなくて、誰もいない所に行けたらいいなと思う。初めから1人の方が楽なのだとずっと思い続けるしかないのだろう、終わり

若さ

 友達が、彼氏と最近うまくいっていない、今度好きな社会人とドライブに行く、というようなことを言っていた。こんな話が身近なものになるとは、いつのまにか自分は少女ではなくなったのだと思った。他の友達はうんうんと頷き、めっちゃ運転下手だったりして、と言って笑っていた。

 

帰り道自転車を漕ぐ。40代〜50代くらいの女性が全く前を見ず歩いてきてあげく睨んでくることが2度あった。何でおばさんって周囲を注意しないんだろうと思う。ああ、おばさんという言葉の響き・・・。

 

歳をとることは怖い。そういうのはエイジズムだから気にせず生きるべきだ、とか助け舟のような意見はたくさんあるが、それらは結局どうでもいいことだ。しわしわの老人たちは私と別の生き物ではなく、私の延長なのだという動かしようのない事実。どこかでそれを恐れているからこそ、人は長い一生のほんの一瞬である若い学生時代を異様に尊く語るのだろうし、みんな必死に自分の写真をインスタに残すのだと思う。

 

最近は完全に昼夜逆転していて、昨日は4時頃寝て6時間くらい昼寝した。私は今19歳で、来月には20歳になる。若さに取り縋るわりに本当に何もしていないから笑ってしまう。どうしたらいいか分からない。あと5回くらい19歳が繰り返されれば、ちょっとは19歳の模範解答に近づけるだろうか、終わり

アフリカ

レポート執筆に飽きて、卒業したらアフリカに行こうかな、と言ってみた。
冗談だと思った友だちがアフリカ?なんで?と笑った。青年海外協力隊みたいなやつ、良いなって思って。えーなんで、私は日本から出たいと全然思わないな、汚いのが嫌だからムリだと思う。まあ、日本ってキレイだもんね。うん、中学校の友達で国境なき医師団入りたいって子いたけど私は全然やりたいって思わなかったもん。そうなんだ、日本でバリバリ稼ぐのも良いよね。 と、私たちは時折このように微妙な齟齬をきたしており、いつか修復不可能なほどヒビ割れてしまわないか心配だ。綺麗な日本と汚いアフリカという対比を胸に秘め何の躊躇いもなく綺麗な方を選び続ける彼女に対して私が思っていることは何だろう。幼稚であるような気もするその一方で、ひとつの嘘もない清廉な人であるとも思う。嘘がないことは大切なことだ。将来私は本当にアフリカに行くだろうか。結局は私も、彼女と同じ哀れみの目でアフリカの子たちを見ることだろう、終わり