砂の女

なんか疲れた。24歳になった。内定式と懇親会の案内が来た。変な奴がいたら、すぐに辞めようと思う。今から強く、そう思っている。

高校生のときのTwitterのフォロワーは浪人して19歳の冬、アカウントを消してしまったが、本当に自殺しただろうか。それとも右も左も恋愛ばかりの世の中で、呑気に同棲でもして、全部なかったことにしているだろうか。その方がきっとずっと良いな。

他人はやはり他人なので、疑おうと思えばいくらでも疑うことが出来る。そのような底のない執着を持ってしまうのが心底嫌になった。みんな、過去を器用に隠蔽し、目の前の異性に平気で愛してると囁くことが出来る。全く頭がおかしい人で溢れかえっていると思う。

安部公房砂の女」を読む。教職としての生活と、地底での砂かきを繰り返す生活に、本質的な差は存在しない。私は今、ひたすら顕微鏡の前に座り、修論に掲載すらされない画像データを一生撮影し、それをUSBに取り込んでいる。砂でも片付ける方がよほど生産的であるように思う。

24歳の目標は、本を読むことにした。全然読んでないけどそれでも、自分にはそれしかないと思った。終わり