ある季節が過ぎること

ポッキーの相性占い(そういうものがある)で、世界一仲良いというか私が好きな友達との相性度が96/99ポッキーだった。

やったー!嬉しい!というのももちろんあるが、このポッキー占い信憑性あるなという方が大きい。本当に仲良しというのが真で、相性占いは必要もない答え合わせなので。

 

その子と会ったのは小1の時で、でも小学校のときはそこまで仲良くなかった。むしろ私の苦手な人と仲良くしているイメージがあって、話はするけどちょっとだけ敬遠していた気がする。

中1の春の放課後、どの部活の見学に行くかウロウロしているときに体育館の階段でばったり会って、なんとなく一緒に陸上部の見学に行った。春の埃っぽいグラウンドに並んで座って陸上部の人達が鬼ごっこをしているのを見た。鬼ごっこの途中で先輩達が代わる代わる話しかけに来てくれて、雰囲気も良かったし部活なのに鬼ごっこをしているのが楽しそうだったから2人で入部することに決めた。当時あまり仲良くなかったのに一緒に見学したのも入部を決めたのも不思議だ。なんでかあまり覚えていない。当時はそもそも理由とかは求めていなかったのかもしれない。

 

部活は春夏秋冬ほぼ毎日あり、私たちは必然的にほぼ毎日会った。

どのタイミングで深く打ち解けあったのか分からないが、とにかく毎日、顧問の先生に箸が転んでも可笑しい時期だもんねえと言われるくらい、変なミステリのミュージカルを作ったり音楽の授業でやった合唱曲をハモって歌ったりしてはずっと笑っていた。部活がない日曜日は大抵どちらかの家で遊ぶか、一緒に出かけてひたすらプリクラを撮った。中学が終わる頃にはプリクラは缶のペンケースに収まらないくらいになった。

その子が部活が終わったあと自動販売機でMATCHを買ったのを見たとき最初は驚いた。私はMATCHのことをずっと薬のような味がするものと思い込んでいたから。真似して買って飲んでみると美味しくて、それから私もたまに買うようになった。今はもうずっと飲んでいない、今飲んでも多分薬のような味がするだけだろうなあと思う。

 

 夏になると必ず一緒にお祭りや花火大会に行った。午後3時頃に図書館に集まって屋台が始まるまで待ち、じゃがバターを買って半分こにするのがお決まりだった。あとはコンクリートの階段に座って暗くなるまでおしゃべりした。お祭りは3日あって、1日目はクラスの人、2日目は部活の人 というように日によって違う人と行くのが中学生たちの通例だが、私たちは3日とも一緒に行ったりした。

花火大会では花火を見るより先輩達の恋の行方について色々話して笑い続けた。毎年、こんな小さな町なのに結構綺麗だったねと言って帰るのだ。

海に行って特に何もせずかき氷を食べたこともあった。そのときは日焼けも気にしてなかった。気を遣って何か言ったりしなくていいから楽だねって言ったのは私だった気もするしその子だった気もする。

 

 私とその子に共通の趣味はひとつもなかったが、そんなのは何の問題にもならなかった。朝に見たニュースのこと、お互いのクラスの問題児のこと、その日あった面白かったこと、家族のこと、近い大会のこと、飼っている金魚のこと、将来のことなど、ずっと話していられたし、ずっと黙ってもいられた。私たちのあいだには確かに、いつでも同じ気持ちでいられるという安心感があった。

 あの頃私は本当にその子がいるだけでなんでも楽しかった。思いついたことは2人で全て実行に移した。ホールケーキを買って図書館で食べたり、甚平を買ってその場で着たり、リュック、Tシャツ、スカート、靴までお揃いにしたりした。

 

 毎日会って話すのに交換ノートもやってた。あれはいつ終わってしまったんだろう。

あまりにも一緒にいるからクラスを離されるのではないかということで、クラスが同じになるように、先生の前でわざと話さないようにしようと作戦を立てたこともある。その甲斐虚しく、結局3年間で同じクラスになったことはなかった。

 

受験が終わってお互いの合格が分かった時期に2人で遊んだ。前後の文脈はよく覚えてないけど、砂利道を並んで歩いていた。多分私が、高校で友達出来ないだろうなあというような(かなり的を射た)ことを言ったんだと思う。それに対してその子は、大丈夫だよ、友達になりたいって思う人がたくさんいると思うよって言ってくれて、そういうふうに言ってくれる人は人生の後にも先にも他にいないだろうと思ったのを覚えている。私が他人からどう思われるかというのはそこまで重要ではなく、その子がそんなふうに言ってくれたのが嬉しかった。同時に初めて、高校で離れ離れになってしまうことを実感して寂しかった。

そのときは寒かった。寒い中、外で一緒に食べたローソンのおでんは美味しかった。

 

よく手紙をもらったけど、返した記憶はあまりないような気がする。嬉しかったけどちょっと恥ずかしかったのかもしれないし、昨日も明日もずっと一緒だからと思って、違うことに気を取られていたのかもしれない。中学校は人の悪口や下世話な話ばっかりだったから早く高校に行きたくて、目の前のことがよく見えていなかったと思う。

そうして念願の高校に入ったものの、友達も出来ず数学も分からず、バスが事故って自分だけ死にますようにと思うだけの日々を送ることになり人生が大変なことになった。

その子は高校でバスケ部に入って新しい友達も出来ていて、そんな中でもたまにLINEで応援してるねって言ってくれて、そういう時ああ頑張ろうと単純に思えた。 何気ないLINEの一言に勝手に何度も救われた。

 

高校生になる前の中学最後の春休みに一緒におでんを食べたあの日からどんどん分岐してお互い別の人生を歩んでいる。

私は今でもその子が一番好きで、また人生のどこかのタイミングで共通の話題が大量に出てこないかなあと思うし毎週遊びたいし毎日一緒にあの小さな競技場でリレーの練習したいし何も言わなくても何でも分かった14歳の感覚で話したいけど、そんな日はもう二度と訪れないと分かっている。思い出は遠のいていき、これからもお互いの人生は分岐し続ける。人生のきらめきはガラスの小さな破片のようなもので、振り返って違う角度で見たときはじめて存在に気づくことが出来るのだろう。そのとき何も見えなくても、光を受けて瞬く短い永遠が確かにあったと今なら分かる。

 

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高2の夏のときの写真

 

泣きそ〜〜〜 おわり