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1995年の冬は暖かくちょうどそのときは頭の中である7文字を脅迫的に繰り返している最中でした。右隣にはAがいて椅子の下にはおおきく背伸びをしているNがいて、それは私にとって満ち足りた空間で、みんなで夜明けが来るのを待っていました。いよいよ私たちの退屈に耐えきれずにあの大きな鳥がやってきてあの大きな嘴でAを少しずつですが何度も何度も何度も何度もついばんでは彼女の生体機能を永久的に損なっていきました。私たちは開いた窓のわずかな隙間からやってくる鳥の透き通った眼を見たでしょうか?今となっては分かりません。鳥の瞳は私やNとは違い白い部分がなくてそれがなにやら不気味で私はいつものようには動けずに、ところどころが欠けてゆく右隣のAをただ眺めていました。華々しく飛び散るAの血液は私やNとは違って赤くはないことに驚きましたが、他人の血を見るのはそういえば初めてだと思い至って、本当は人それぞれ違う色をしているのかもしれないと考え直すことができました。Nはまだ眠そうで、Aの血液がべとべとと付いた手で一生懸命に目を拭って、またすぐに寝息を立て始めました。Nが目覚めることをやめたのは目を拭う際に五本の指がやかましくばらばらに動く身体という構造の不便に耐えかねたからのようにも見えました。私は家で咲いている季節外れの朝顔のことを思い出しました。欠けてどんどん形が変わっていくAのその瞬間の形が、朝顔のしぼんでいるときの花弁にとても良く似ていたからです。早く帰って水をやらなければならないと思いました。

そこで私は立ち上がって7文字を幾度となく繰り返し呟きながら数えきれない階段を駆け下りて外に出ました。校舎の方を一度だけ振り返ると嘴を汚した鳥がまだ暗い空へと美しく飛び去っていくところでした。鳥の羽ばたきから生じたひとつの風が弱々しく届いて、私の前髪をかすかに揺らしました。終わり